「20万円くらいならすぐ払えるので、エッチさせてくれませんか?」突然送られてきたDMに私は…【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第14回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめる。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第14回。

【私が受けた屈辱と刻まれた記憶】
「いきなりDMすみません。久しぶりにインスタを見たんですけど、やっぱり顔がタイプです。(中略)20万円くらいならすぐ払えるので、エッチさせてくれませんか?おっぱいが好きなので、挿入とかは最悪なしで大丈夫です。25歳社会人二年目、170センチ、70キロです。神野さんと同じ早稲田卒です。同じ大学の後輩にお願いするのは情けない話なんですが、よろしくおねがいします。お気を悪くされたらすみません。無視していただいて大丈夫です。」
お気を悪くされたらなんて意味のない言葉を付け加えるぐらいならば、そもそもこのメッセージを送らなければいいのに。入力をしている間、どんな顔をしているのだろうか。「僕は悪意なんてなく、本当に純粋な気持ちでタイプです」と装いながらも、それに隠れて陰茎を擦りつけてくる陰湿さ。一人の人間の尊厳を金で買おうとしているのに、きっとそんなことへの罪悪感を微塵も抱いていないのだろう。メッセージを見て、怒りよりも悲しさがこみ上げてくる。少し前ならこんなことにも慣れっこで、もっと痛みに鈍感であったのに、ここ最近はそう上手く立ち回れない。唇をぎゅっと噛んで、感情がそれ以上溢れないようにする。もう一度メッセージを確認しようとすると、該当のメッセージは消去されており、追加でこのように届いていた。
「すみません、忘れてください。」
この人はAI相手に話しているとでも思っているのだろうか。私は生身の人間だ。メッセージを消去して、「忘れてください」と指示したとしても、私に刻まれた記憶が完全に消去できるわけではない。私の目から出た液体は元には戻らないし、土足で踏み散らかされた私の自尊心は修復できない。その姑息な行動一つ一つがますます私のことを馬鹿にしているように思えて、抑え込んでいた感情が堰を切ったように流れ出した。
こういう時にいつもこう思う。「この人は法治国家に生まれて幸せだな」と。この世界がもっと無法地帯であるならば、私が受けた屈辱と同じ屈辱を相手に刻んでいただろう。しかしながら、そういう世界でもないし、私は善悪の判断がつく人間なので、相手が易々と本名や出身高校、大学を全世界に公開していても何もしない。分かりやすくSNS上で該当メッセージのスクリーンショットを晒し上げたとして、そういう人間の仲間うちもどうせ似たような奴らで、「そういうノリですよ!本気にしないでくださいよ!」とダメージを受けずにへらへらと笑うだけであろう。もしこれを咎めるような人間が周囲にいるならば、こうなる前に彼は自分が犯した間違いとその事の重大さに気が付けたはずであるから。
KEYWORDS:
✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
✴︎
「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに